NATURE & CULTURE
Understanding environment through culture, UEHIRO×WASEDA Seminar series

奄美大島の自然

マングースバスターズの事例から

雄大な自然、奄美大島

奄美大島、鹿児島県から南へ350kmに位置するその島は、温暖湿潤な亜熱帯気候に属し、多くの野生動物と雄大な自然がその地の人々と共存しながら栄えて来た。海水と泥の中からたくましく伸びるマングローブは私たちに自然の水路と緑のゲートを与えてくれ、豊かな植物が層をおりなすブロッコリーのような森はいくつもの動物たちを匿う。エメラルドグリーンに澄んだ透明な海は生物にとっても我々人間にとっても文字通りの楽園である。しかし、そんな自然の楽園に1979年からとある異変が起きている。それは、ある人間の行動が火種となり広がった悲劇であった。

奄美大島の森の内部

マングースの導入

約200万年前まではユーラシア大陸と陸続きであった奄美大島には、その後の外部からの断絶という地理的特徴と暖流とモンスーンのもたらす暖かな気候も手伝い、日本の本土には見られない、もしくは大陸ではすでに絶滅してしまった数々の動植物が独自の生態系を織りなしている。世界中で奄美大島にしか存在しない、固有種と呼ばれる哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類が多くいる。その特徴から、「東洋のガラパゴス」と呼ばれることも稀ではない。その中でも希少性の面からも(おそらくキュートなルックスの面からも?)熱心な保護の対象となって来た種がアマミノクロウサギである。しかし同じく奄美大島に固有であるハブという毒を持つ蛇がこのキュートなウサギを食べてしまいその数が減少してしまうことを憂いした人間は、ウサギの敵であるハブを攻撃してくれる事をのぞみ、1979年に奄美大島にはなんのルーツも持っていないマングースという全くのニューカマーを30頭、沖縄を経由してガンジス川流域から輸入した。

奄美の野生動物の脅威となったマングース

生態系の破壊と回復

ところがどっこい、蓋を開けてみれば、マングースが喰い荒らし始めたのは可愛い可愛い我らがウサギさんだったではないか。

アマミノクロウサギ

というのも、昼間に活動する種であるマングースは夜行性のハブと出会う確率はそもそも低かったのである。加えて、太古に大陸から分離してから強力な捕食動物が存在しなかった奄美大島の動物たちは、ハブ以外の捕食動物から身を守る術を何も知らなかった。そして当初30頭であったマングースは2000年ごろまでには推定10,000頭にまでその数を増やした。そして、アマミノクロウサギやアマミトゲネズミなど、希少な固有の生き物が犠牲になった。各生き物の生態、その地の生態系をよく理解せずに安直に人間が自然に手を加えた結果、奄美大島はそのバランスを崩し始めた。冷静に考えてみれば、高次消費者のハブが一時消費者のアマミノクロウサギを捕食するのはいたって自然な行為であり、もしウサギが食べられすぎてその個体数を減らせばハブも自身の食糧不足に苦しめられてその個体数を減らすだろう。生態系とはそれ自体で見事にバランスが保たれるようにできている素晴らしい装置なのであり、しかもそれは全国の小学生も「りか」の時間に学ぶ事実である。1993年から始まったマングースの捕獲事業に続けて、環境省が外来生物法に基づいて2005年から立ち上げたのが、その名も「マングースバスターズ」というオフィシャルなチームであり、その予算は3億円を超える。島内の3万個に及ぶトラップを毎日12人(結成当初)がかりで一つ一つ捜査するマングースバスターズは、マングースの推測個体数を2016年時点で50頭以下にまで激減させるという成果を挙げた。そして残り数頭となった今でも、同じ台数のトラップとカメラ、予算、人員をフル活用して絶賛活動中である。

マングースバスターズの皆様

この政策をどう捉えるかは各人次第である。しかし、生態系への人間の介入という立場で考えた時に、この一連の流れは無知が起こした悲劇だったと言えるだろう。特に、今までの長い歴史の中で奄美大島では長らく自然と人間とが共存してきた地であることもあって、この一件がより一層際立ってしまうのかもしれない。

マングースバスターズ

ここまで読んでいただけた方はお気づきかもしれないが、私は奄美大島に行くまで、マングースにまつわるこの一連の流れにかなり不信感と懐疑心を抱いていた。人の手で持ち込んでおいて、増えてしまったら特定外来生物に指定され命を追われるマングースが可哀想じゃないか、数頭のマングースを三万個もの罠で捉えるのはあまりにも効率が悪いじゃないか、生きているだけで悪者扱いされるマングースはちょっと理不尽じゃないか、などと考えていた。しかし、実際にマングースバスターズの方にお会いしてお話を伺い、より詳しく外来生物の危険性について学ぶ中で、私の中の考えは改められたのであった。

まず、当初30頭だったマングースが10,000 頭まで増えたことを踏まえれば分かるように、最後の数匹だから手を緩めて良いのではなく、最後の数匹こそ注意をして駆除しないといけなかったのである。その地で繁殖できる能力を持った外来種は、簡単に駆除前の個体数、もしくはそれを上回る個体数まで簡単に回復してしまう。さらに、一年を通して毎日マングースバスターズの方がされているその仕事は、蒸し暑い酷暑の中も生い茂るジャングルの中で行われ、そしてそれはメンバーそれぞれの「奄美大島の自然を取り戻したい」という純粋な想いに基づいていた。その話を知った時に、無知にもマングースバスターズを疑問視してしまった自分をとても恥ずかしく感じた。

マングースバスターズは2012年6月の事業仕分けの際、「抜本的見直し」の判断をされたという。これは、一旦活動をストップするということであり、外来種の個体数の回復という観点から考えた時に、これは恐ろしい判断であった。さらに、その時に「個体数が減ると(引退後のことなどを考えて)駆除の手を弱めるだろう」という推測から、マングースバスターズは奨励金制度にするべきだという意見もあがったという。これは自分自身にも全く当てはまる事なのであるが、現場の方々の日々の努力、さらには生態系や環境への正しい認識を持たずに物事を判断してしまうことのリスクをつくづくと感じさせられた。

さいごに

もちろん最初に奄美大島にマングースを持ち込んだ人はアマミノクロウサギを守ろうという善意からそれを実行したのであろう。その後に思いも寄らない悲劇が起こったとしても、その人に全責任があるわけではない。その代わりに、それはそのマングース導入後の奄美大島に関わる全ての人、生態系を守りたいと願うすべての人が持たなければならない責任であると思う。自然は人間が思いもよらないほど強力であり、人間の無知は時により恐ろしい結果を招いてしまうかもしれない。そしてそれだけ自然が強力であるからこそ、この奄美大島のマングースバスターズからも分かるように、一度崩れたバランスを人力で元に戻すには壮絶な努力が必要になる。私も一時期は自分の知識不足と感情論から、今奄美大島に起きていることを正しく認識できなかった。しかしこれからは、生態系の保護には全ての人の理解と責任が必要だということを肝に命じていこうと思う。

奄美大島の雄大な自然

奄美大島に行く機会がある方には、そしてマングースバスターズにお会いする機会がある方には、そして環境や生態系の保護に少しでも関心のある方には、ぜひ一度考えていただきたいテーマである。

Source 環境省奄美野生生物保護センター 中日環境net
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